こどもの日の食べ物、ちまきと柏餅の由来

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 こどもの日の食べ物と言えば、ちまきと柏餅です。しかし、なぜちまきと柏餅なのでしょうか?。
 

ちまきの由来

 ちまき発祥の地は中国で、日本に伝わったのは平安時代頃と言われています。

 紀元前340頃~前278頃、古代中国・楚の国の国王の側近に、詩人であり正義感が強く人望の厚い政治家の屈原という人物がつかえていました。
 しかし、屈原は陰謀によって失脚し、国を追われます(その時の想いを歌った長編叙事詩「離騒」は中国文学史上、不朽の名作と言われています)。失望した屈原は、汨羅という川に身を投げて自殺しました。屈原を慕う楚の国民達は、汨羅へ行くと太鼓を打ってその音で魚を追い払い、さらに魚に屈原の亡骸を食べさせないために、端午の節句の日(端午節)に笹の葉で包んだ米の飯を川に投げ入れたのが、ちまきの起源と言われています。

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柏餅の由来

 柏餅の発祥は日本で、端午の節句に柏餅を食べるという習慣は江戸時代、九代将軍家重から十代将軍家治の頃。その後、参勤交代で日本全国に行き渡ったとする説が有力です。カシワの葉は新芽が育つまでは古い葉が落ちないことから、子どもが生まれるまで親は死なない、即ち跡継ぎが途絶えない「子孫繁栄(家系が途切れない)」という縁起物となり、家系存続が大切な武家が跡取りとなる男の子の節句に食べるようになったとされます。

 ちなみに柏の葉の巻き方には2種類あり、葉の表で巻いているものは味噌あん、葉の裏で巻いているものは小豆あんです。

 

関東と関西

 関東では、子供に日に柏餅を食べ、関西ではちまきを食べるのが一般的です。元々ちまきを食べていた物が、江戸幕府があり武家社会の中心であった江戸では柏餅に変化。関西ではちまきを食べる習慣がそのまま残ったのです。

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